ぽんこくらぶ

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ぽんこのこれまでの全履歴をさらしてみる 後半 #ぽんこくらぶ 【闇落ち編】

ぽんこのこれまでの全履歴をさらしてみる 後半 #ぽんこくらぶ 【闇落ち編】

 

こんにちは!主婦ブロガーぽんこです。

 

さて誰得な「ぽんこの全履歴の前半」はお読みいただきましたでしょうか?

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今日はぽんこの全履歴(人生)後半戦を書いていきたいとおもいます。

ちょっとでも興味がある人はお付き合いいただければうれしいです。

 

明るいおばかさんキャラだったぽんこですが、後半戦は闇落ちして大変~!

というわけで闇落ち編スタート!

 

 

ぽんこ中小企業のOLになる

20代前半は派遣会社に勤めて1年くらいで辞めたあと、突然主人(まだ彼氏)といっしょに湘南エリアに引っ越しました。

 

仕事も決まっていないのに。

突然人生を変えるため若さと勢いで都心から湘南エリアへお引っ越し。

 

わたし環境の変化ですごくストレスを抱えるタイプみたいで。

引っ越し直前に「突発性難聴」になりました。内心とても不安だったんでしょう。

 

引っ越した後湘南エリアで耳鼻科に通いましたが、結局よくならず悪化させ、のちに手術もしましたが左耳はほぼ聴力がなくなりました。

(でも浜崎あゆみさんといっしょだからわい耐えられる笑)

 

そうこうしていても貯金はなくなるわけで、仕事探しに若い二人は奔走しました。

時給がよかったので2件ほど派遣社員に応募。

わたしが運よく受かったのが中小企業のとあるすごい小さい会社。

 

主人はすご~いいいところに派遣で入りました。(ラッキー)

 

わたしが勤めた会社はだいぶマニアックな職種。

ネイリストに「どこで働いている?」と聞かれて、鼻で「プッ」と笑われたこともあります。(失礼な)

 

派遣社員から入社して、しばらくすると正社員に迎えるという話(口約束)で働きました。

そこで出会ったのが最強クラスのお局たち二人。お局話はこちらから読めます↓

www.ponchanmama.work

 

一人は50代の宇宙人。

もう一人はこんな意地悪い女はいまだかつて出会ったことがないくらいの40代。

どちらも独身女性でなかなか悪くない美人さん。

 

最強クラスのお局と数年バトルしながらOLライフをたのしみました。

仕事ははじめのころは社内にいていろいろ雑用していたのですが、のちに全国を旅する仕事を任されました。

 

全国各地へ「会社のお金で」旅ができてすごい楽しかったです。

仕事帰りに日本酒をかっくらっていたのはいい思い出。笑

 

社内では「基本なんでもやってくれる雑用係」として重宝されていましたよ。

ほかのみなさんはプライド高すぎて雑用とか「フン」って感じ。

 

雑用を丁寧にこなすうちに、社長と直で組んでお仕事もさせていただくようになり。

雑用からだんだん大がかりな仕事も任せてもらえるようになりました。

わいまるで秀吉…。www

ぽんこ結婚した

20代後半でやっと結婚しました。

主人とは長い付き合いで、すでに10年くらい経っていたのですが。

なかなか結婚話に進展せず…。

あの当時は「なんでこんなにいいコ(私)がそばにいるのに結婚してくれないんだろう」とおもっていました。笑

 

仕事もお互い正社員になって3年くらい経ち、そろそろということで結婚することになりました。

よく自分が結婚した年を忘れるので、「花より団子」(映画)のつくしちゃんがお嫁に行った年につくしちゃんといっしょに嫁にいったと今も記憶しています。

 

結婚式はすごい有名な式場で挙げました。

激安な式場とかもたくさんみたのですが、激安とうたいつつ、結局高かったの。

せっかくあげるならきちんとした式場であげたかったので。

評判のいい有名な式場で挙げてきました。

 

そうそう。すごい思い出があるんだ。

「あしたの結婚式はよろしくおねがいします!」と遠方から来てくれる主人のお母さんに電話で伝えたところ、「わたしは絶対行かない!」と怒られてブチっと電話を切られてしまって。

悲しくてすごく泣きました。

次の日に人生で一番幸せな結婚式だというのに。

 

次の日の結婚式では主人の母もきちんと出席して、祝福してくれたので結果オーライですが。

なんであんなひどい態度をとったのかいうと、「自分の息子をとられる」とか「この女には自分の大切な子どもを任せたくない」とか。

いろいろ複雑な感情があってこのような態度をとってしまったのでしょう。

 

今でこそ自分が母になってこのような感情に揺れ動くのはとてもよくわかります。

ただ自分の子どもが結婚するときに同じ過ちをしないと肝に銘じてはいます…🤤

 

このことはいつか怖いものみたさで聞いてみたいのですが、お母さんは本当はとてもやさしい人だからきっと辛くなってしまうだろう。だから聞けないなぁ。

 

終わったことだからもういいさね。でも基本粘着するタイプだからまだ覚えている。

ぽんこ夫婦子ども授からない

結婚して長く経ちましたが、子どもができませんでした。

どこか悪いのかとおもってわたしは病院でいろいろ調べましたが、問題なくて。

主人は調べてませんよ。

自分にはぜったい問題ないという人なので。

 

しばらくして「もうあきらめよ~」とおもった矢先に赤ちゃんができました。

結婚3年目。

涙がでてずっととまらなくて、主人と母にすぐ電話をして喜びました。

 

たった3年。されど3年。

実は人知れずかなり悩んで辛かったですね。

 

母には「あんたはなんで(子どもが)できないんだ?」とよくせかされるのも辛かった。

母はかんたんに子どもを3人さずかった感じの人なので。

子どもができない、できにくい人がいること自体が理解できなかったようです。

母にはもうすこし世の中のことを勉強していろんな立場やいろんな人がいることを理解してほしいですね…💦

 

主人の父母には子どものことはまったくなにもいわれなくて…、

とてもありがたかったなぁ。

もしかするとあまり興味がなかったのかもしれないけどね…🤤w

ぽんこ出産した

32歳厄年で出産しました。

厄年での出産は子どもが出てくると同時に厄も体から出ていくといわれていて。

お祓いとかしなかったんですね。

 

結果をさきにいうと厄払いしたほうがいい。気休めかもしれないけど。

 

出産は8時間くらい粘って、でも出てこなくて。

ずっと「イタイイタイイタイタイ…⚡」といっていました。

 

立ち合い出産です。

ただ主人がそばにいて役に立ったかというと「どうかな?」という感じ。

まぁでもありがたかったです。

 

吸引機で吸われてスポーンと子が生まれてきました。

産まれた赤ちゃんは意外に大きくて、びっくりするほど元気な泣き声。

産まれた瞬間みて、周りが「黄金色」に光ってみえたほど、神々しかったのを覚えています。

 

産院には1週間おせわになりました。

ありがたいことに主人も会社を休んでずっといっしょに病室にいてくれました。

 

わたし産院の方にもっと甘えればよかったのに。

個室だったしどうしていいかわからなくて。

すごい夜泣きになんども起こされて、体も痛くて辛いのに、だれにも甘えられず一人頑張っていました。

 

産院から出て実家に1か月いました。

出産から2週間ほどたって、産後鬱のような症状がでて体調不良になってしまって💦

実はとてもいろいろあったんですけど。

 

「赤ちゃんが死んじゃったらどうしよう」とか「わたしには子どもを立派に育てられない」とか悩みに悩んで将来のことがとても不安になってしまって。

まぁよくある話です。

 

父母、弟夫婦、主人、義父に大迷惑をかけながら、なんとか心身の健康を取り戻し、本格的な子育てライフがはじまりました。

ぽんこはじめての子育て

子はすごいかわいくてかわいくて💕

毎日べったり濃密に過ごしてました。

日に日にハイハイから突然歩き出したり、言葉を覚えていく様子はもうたまらない。

 

わたしはこの子に出会うためだけにこれまでがんばって生きてきたのだなとおもったり。

0歳から1歳半まで育児休暇で会社を休みながら子育てライフをたのしみました。

 

いいことばかりではなくて、子どもはすご~いかわいんだけれど。

ほとんど毎日家に引きこもってばかり。

たまには一人でお出かけしたいし、美容院行きたいし、大人としゃべりたい。

 

でも主人は赤ちゃんを任せられる人ではなかったので💦

子どもを置いて一人でかけたりはできませんでした。

洋服もまったく買えなくて、ネットでサイズの合わないの買って気にせず着ていました。

 

一度だけ夏の暑い時期にほんの2時間ほどどうしても用事があって、主人に子どもを任せたら。

クーラーのガンガンかけてある部屋で子が布団もなにもかけない状態で床に横たわっていたこともあった。

体が冷え切っていてかわいそうだった。とてもかわいそうなことをした。

あのとき主人には2度と子どもを預けないと誓いました。

ぽんこ復職

育児休暇があけて、会社に復帰しました。

同じ会社で働けるとおもっていたら、別会社に出向させられました。

 

別会社の女性たちはすごくやさしくて。

前に働いていた毒お局さまたちとはまったく違うタイプの女性がいました。

女性ならだれでもあこがれるような素敵な女性たち。

 

でも一人すご~いいやなヤツがいて。笑

保育園に子どもを預けて働いていたら「○○さんは育児放棄してる!」とバカにするようにあざわらっていました。

 

あのときはくやしくてくやしくて。でも何も言い返せなくて。

今なら100倍以上にして言い返せるのですけどね。

そんなひどいことをいわれたときに、会社の同僚らはみんなわたし側についてくれて、「なんでそんなひどいこというんだ」と怒ってくれたのがありがたかった。

 

そのいやなヤツは50代オーバーの独身男性で、子どもを育てるのがどれだけ大変かわからないんだろうとおもう。

人それぞれ自分がその立場にならないとわからないことは多いですから。

仕方ないかもしれないですね。

 

仕事はたのしくて、いろいろ任せてもらえて結果を出しつつあったのですが。

 

復職してからというもの子どもが熱を出して、何回も保育園から呼び出しがありました。

お迎えはやはりママ。パパは大事な仕事がある…、

ママは時短勤務だし、それほど重要な仕事はしていない(だろう)。

 

だから私が毎回子どものお迎えをして、そのまま小児科につれていき。

小児科では予約なしだと2、3時間待ち。

次の日もまだ子どもは体調不良…。また病院へ…2、3時間待ち。

いつ仕事いける?あれ…だめだ今週は仕事いけないや…。どうしよう。

 

ということが何度もありました。

会社のやさしい女性の先輩が仕事をぜんぶフォローしてくれてとくに表面上は問題なさそうでしたが。

やはり自分自身の存在が会社に迷惑をかけているのがだんだん苦しくなってきました。

 

そのころ咳がとまらなくなってしまって。

だいぶ悪化してしまって、また感染性の病だったため1か月入院を余儀なくされました。

退院してからも体重は10㎏痩せ、体力はなくてフラフラ。

気持ちの面でも落ちてしまって立て直せなかった。

 

もう仕事をつづける気力、体力もなく、仕事はいったん辞め家庭に入り子育てをする専業主婦になりました。

ぽんこ子育て専業主婦になる

子育て専業主婦になりました。

ほんとはずっと働くワーママになる予定でしたが、わたしにはうまく両立できなかった。

会社でうまく立ち回ることもできなかった。

とても不器用なんです。

 

あと子どもを育てながら会社で働くことを甘く考えていた結果です。

母には「あんたには(両立は)ムリだ」と散々いわれていたのに。

人それぞれうまく両立できる人とできない人がいて。

わたしはできない人だったみたいです。

 

近くに父母や義父母がいたら…。

周りに頼れる人がだれもいなかったのも両立できなかった理由の一つでもあるのカナ。

でもわたしがあのときもっとしっかりしていれば…とおもいますね。

 

主人には散々「俺はこんなつもりじゃなかった」といわれました。

突然主人一人で家計を支えるというのはしんどいですよね。

「ずっと共働きでいられるとおもっていた!なんで辞めたんだ?今すぐ働け!なにかしろ!すこしでもいいから収入になることをしろ」と。

 

わたしは「ゆっくり子育てして、様子をみて自分にできることをみつけていきたいなぁ」とおもっていましたが。

 

主人はゆっくり過ごすわたしを許せず煙たがり。

家にいて家事をしっかりこなして、子育てしていても風当りが強かった。

 

よくいわれたのが、「オレが仕事をしないで家にいたらどうおもう?」と。

「まぁいやだよね」と答えると「だろう!!」と。

 

心の底で主人は「家にいてなにもせず、ぐうたらタダ飯食らいやがって!」と思っていたでしょう。実際に言われた気もします。

ちょっと口答えすれば「出ていけ」と!!

 

肩身の狭い思いをしながら専業主婦ライフを送っていました。

今もあまり変わってはいませんが…。

 

子育て中、専業主婦ライフで辛かったのが、孤独感。

いや~別に一人でいるの嫌いではなくて、むしろ好きな方ですが。

たまには大人と話したかったし、子育てで悩みを共有できる仲間もほしかったし。

 

主人は私の話を聞いてくれる人ではないので、たわいもない会話ができる人がほしかった。

 

というわけでたまたま出会ったのがツイッターでした。

ぽんこツイッターガチ勢のブロガーへ

子育て中たまたまツイッターを見る機会があり。

稼ぐママブロガーさんや、有名なWebライターさん、インフルエンサーさん。

いろんな有名な方を知る機会がありました。

 

とりあえずフォローして世の中には面白い人たちがいるんだなぁとおもっていました。

関係ない世界だけど、まぁひまつぶしに発信してみるかぁとおもってツイッターをはじめてみました。

 

思った以上にツイッター楽しかった。

ほとんど反応がなかったけど、気にせずおもったことをツイートしていましたね。

そのうちにフォロワー数もちょっとずつ増えていきました。

 

はじめは「変わった人や変な人とつながりたい」とおもっていて。

ガチのヘンタイみたいな人とよくつながっていましたねぇ。

なにやってたんだろう。w

 

子育てママさんたちともつながることも多かったですね。

やはり同じ悩みを共有したかったんだろうなとおもいます。

ずっと昔から知っているママブロガーさんはいまだに「いいね」しあう仲です。

 

で、ブログもついでにやってみた。

というわけで専業主婦のかたわらブロガー人生がスタートしました。

 

ブログも書きたいことばっかり書いていて。

いまでもあまり変わっていませんが💦

 

主婦が韓国ドラマの沼にハマるように、手芸にハマるように、わたしはブログにハマったという感じです。

 

この前わたしのことがYahoo!にのったときにヤフコメで「なんで主婦が何者かになりたいの?強欲なの?」みたいに書かれていました。

専業主婦がブログ開設、「ピタッとはまった」けど感じるジレンマ 子どものいない時間の使い方(withnews) - Yahoo!ニュース

 

何者かになりたいとか強欲!とかでもなんでもなくて。

趣味で続けていたブログで収益化できて、仕事になったよ!というだけ。

 

ブログはたまたま収益化できるような簡単なものではなくて、ハッキリ言って難易度でいえば日本トップレベルで難しいですよ。

ちなみにブロガーから起業家になった人は多いそう。

ブログはどんなにすごい人でも辞める人が多い。

すごい人も初心者も中級者もみんな辞めるから今やこんなわたしでもトップ層(上の下だが)だとおもう。

 

ただ好きだから続けてこれた。

楽しかったから続けてこれただけです。

 

これまでを振り返ってみて、わたしは手に職もなくて。

突然会社というレールからはずれたときに、自分にはなにも残っていなくて。

また子どもが小さいと時間に融通のきく仕事を近所で探すのも難しかったし。

たくさん勇気をふりしぼっていったパートの面接では「やる気がない」と履歴書を突っ返され帰らされたこともあります。

 

教職になる夢が叶わず、公務員になることも叶わず、生きていくためにお金のために仕方なく仕事をしていました。

20代のころも30代のころも、とくにやりたいことがあったわけでもなく、人生のほとんどはただボンヤリとして過ごしてきました。

 

そのときどきで今自分に与えられた役割を必死にこなして、自分の心の声を信じて素直にいろんなものに取り組んできました。

 

「老子」の思想は自分の根本に根付いていて、「自然にそのままありのまま」「川の流れのように」生きるのが好き。

 

闇落ちについてはサラッと書いていますが、今日を生きるのが辛いという日も何度かありました。

 

ぽんこになったのは40代目前のころ。

 

わたしはどこにでもいる一人のありきたりな主婦で、ふつうによくある経験を積んだだけのおばさんです。

 

それがたまたま出会ったブログを通じ、たくさんのいい経験を積むことができました。

リアルな友人は2人くらいですが、ネットの友人は数えきれないほど。

なにか困ったことや辛いことを吐き出すと受け止めてくれるのはツイッター仲間や、ブログ仲間、インスタ仲間です。

 

あとやはり家族が大事にしてくれるから今日を無事に生きています。

 

なんか最近「ぽんこさん素敵」とかいわれることが多くて。w

わたし本人の人物像とどんどんかけ離れていく感じがしたので、あえて全履歴の記事を書いてみました。

 

いつもありがとうございます。

これからも細々と活動を続けていきますのでよろしくおねがいします。

 

つかれたのでこれでおわりにします。

そして伝説はまだまだ続くよ…。

完!

 

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